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私たちの第4子(再婚後初の子ども)は、約1年もの間、戸籍がありませんでした。 日本の民法というのは何と、明治の終わり頃に作られたままで、それによると、離婚してから300日以内に生まれた子供は、何と前の夫の子供になってしまうんです。 ご経験者には分かっていただけると思いますが(笑)、今の離婚って、親権や養育費や裁判所の待ち時間やらの問題があって、本人たちが合意してから、下手すると何年もかかってしまいます。 わが子の場合はその上、ちょっと早産だったものですから、法律上文書上の離婚が合意されてから、まだ285日しかたっていませんでした。
で、「とんでもない」という裁判を、弁護士を使わず自力でおこし、最終的には子供が夫に強制認知裁判を起こすという方法で勝訴したんです。かなり、画期的な判決だったものですから、テレビや新聞で報道されました。 現在では、だいたい4組から5組に1組が離婚がらみの夫婦になっているようですが、その分、そのような明治からの親子法の被害者は数知れません。 そこで、同じ悩みや苦しみを持つ人たちに対して私たちなりに力になろう、また政治家にも働きかけ、こういう馬鹿な法律を1日も早く改正してもらおうと作ったのが、「親子法改正研究会」というNPOです。大阪・福島区の大阪NPOセンター内に本部があります。 |
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2003年7月、当時4歳の次男が六本木ヒルズの回転ドアで3番目が頭を挟まれ、あやうく死にかけるという事件がおきました。 ほんの0コンマ何秒かの差で、私がとっさに手を入れたため、センサーが作動してドアが止まり、助かったんです。 当然、「小さな子どもに反応しない回転ドアはあまりにも危険。夏休みまでに対策を」と抗議しました。 が、にもかかわらず、その声は上層部まで届くことはなく、その後、ついに死者が出ました。 その残念すぎるニュースを見たのは、5番目の子どもを出産した翌日、病院で。きちんとした対策が取られたかどうかについてそれ以上の確認をしていなかったことに対して、心から後悔しました。 すぐさま「同様の事故はもっと前からあった」「ガードマンは背が低い子供にセンサーが反応しないことを当時から知っていた」「にもかかわらず何の対処もしなかったのは明らかに森ビル側にも責任がある」ということを麻布署に通報、「ニュース23」でも証言をおこないました。 麻布署からはその後詳しい資料の提出を求められ、協力しました。 2004年7月、遅まきながら、森ビル社長にまで捜査の手が及びることになったのは、皆さんもご存知の通りです。 |
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一番最初は大学時代に東京都議選のウグイス嬢をやったこと。 その後はやはり松下政経塾に入塾してからですね。先輩たちの選挙をずいぶんと手伝いました。 一回目の結婚後は県議会議員の妻として、政策秘書業務を。神奈川県にとって実に24年ぶり(!)となる、議員提案による条例案(神奈川グリーン化条例)づくりなどに取り組みました。 芦屋での県議会議員選挙の出馬動機は2002年の年末に、市民有志からの強いお薦めがあったからです。 談合疑惑や裏金の授受により元・助役が逮捕されてから初めての統一地選(2003年)で、1人区の対立候補はいわゆる「談合リスト」(元・助役の供述調書)に載っていると言われる人。しかも前回は無投票当選でした。 「誰かが出なければまたそうなってしまう。いくら何でもそれはよくない」ということだったのだと思います。 当時はライターとしての仕事を月何本かやっているくらいで、ほぼ専業主婦状態だったんですが、ちょうど4男の「無戸籍問題」が起こった時期と重なり、「世の中にはおかしなことが一杯ある」と心底怒っていましたので、思い切ってお受けすることにしました。 が、結果は組織票vs市民票の戦いの末、11,023票の次点(約3,0000票差)に終わりました。 準備不足にもかかわらず、11,023人が自分の名前を書いて下さったことには心から感謝し、また勝てなかったことを本当に申し訳なく思いました。 が、結果には…正直、失望しました。 もうこりごりと思いながらも、1年をかけて「無戸籍裁判」を戦って、勝利後NPOを立ち上げました。 その関係で少しはメディアに登場したり、シンポジウムに呼ばれたりもしていたのですが、2年ほどたって隣接する(住居から市境までは100m)東灘区で補欠選挙があることになり、芦屋市での選挙で推薦をもらっていた民主党から、お話をいただきました。 東灘区には毎日のように買い物に来ていましたから親しみがあったのと、ただの主婦やNPO代表ではなく、議員にならなければできないこともあると思っていましたので、夫とも相談し、再チャレンジすることにしました。 夫は最初、反対していましたが、「それなりの才能があるなら、摘み取る権利はない」と思ったそうで、最終的には「放っといてもらえないのは素晴らしいこと。運命から逃げるな」と言ってくれました。 お陰さまで、2005年の補選に続き、2007年の統一地方選挙でもトップ当選させていただきました。 (県会議員としての主な活動は「関西、兵庫、そして神戸」に記載しています) |
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2008年の9月20日頃まで、今の立場は全く想像できませんでした。 小さな子どももいますし、神戸・兵庫に強い愛着を持ち、兵庫県会議員という仕事にやりがいを感じていたからです。 候補者がなかなか決まらず、有名人の擁立が噂されたこともありました。 最終的には「地元から、特に(地元をよく分かった)地方議員の中から候補者を立てたい」という声に推され、決断をしました。 兵庫県は12選挙区あるんですが、そこまでに決まっていた民主党からの候補者が全員男性だったこと、また、兵庫では県議出身の国会議員が約30年出ていないという事実にも、背中を押されました。 |
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「女性であること」を武器にする気持ちは一切ありませんが、単純に人類の半分は女性ですよね。 なのに女性議員が少ないという点は政治、特に生活に密着した地方政治の大きな問題点だと思いますよ。 ちなみに、各国の女性国会議員の比率をまとめた「政治の中の女性の世界地図」では、日本はケニアと並んで世界98位・・・まだまだ男女共生社会の実現は遠いなあ、と実感してしまいます。 |
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「鉄の女」サッチャー元首相は、双子を育てながら女性初の英国首相になれた最大の貢献者は誰か、と聞かれたとき「ベビーシッターさん」と答えたそうですが、わたしの場合「夫と学校と保育所」ですね(笑) あと子どもが5人もいると、いざというとお互いに協力しあうので助かります。 |
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まず目指したいのは「正直で透明な政治」です。 市民が安心して税金を納められる社会を創るために、まず必要とされるのは「情報公開」と「情報の共有」。 「情報」は「公開」すればそれで終わり、という訳ではありません。住民・納税者は議会、行政にたいして意見を述べる権利があり、議会・行政にはそれらに対する「アカウンタビリティ=説明責任」があると思います。 「説明できないことはしない」という姿勢がまず大事。 と同時に、自らの情報を積極的に公開していくことはもちろん、ミニ集会、ホームページ、Eメールなどを通して双方向・ダイレクトなコミニュケーションを行い、常に住民と「共に考え、知恵を出す」姿勢を持つべきだと思います。 県議時代にも駅立ちや定期勉強会(15夜会)、ブログ、県議会終了ごとに県政報告を全戸配布するなどの活動を続けてきました。 |
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活動は党からの支援と貯蓄、借り入れの合計で1500万円の範囲でやることが目標です。 もちろん厳しいです。 でも、その範囲でやることが、わたしがまず出来る「政治改革」だと信じています。 |
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活動のきっかけを与えて下さったのは民主党でした。 日本という国を大きな時代の流れに対応させていくためには、皆でこの党を育てて行く以外にないと感じており、政権交代が可能な唯一の党であることを魅力に感じました。 若い政党であり内部で意見を取り入れられる可能性が最も高い党であることも私にとってはありがたいことです。 とはいえ、民主党をパーフェクトな存在だとは思っている訳ではありません。 民主党ができた背景には、第一に自民党政治の限界、第二に東西冷戦の終結と「二大政党」に向けた非自民勢力の結集の必要性があったからだと思いますが、結党のいきさつから、右派と左派の意見がバラバラに見えがちなのが難しい所です。 右寄りの国民からは左にぶれすぎに、またリベラル派からは、それじゃ第二自民党じゃないかと見られてしまうこともあるため、いずれの方からも不満が出てしまうような面があることは否定できません。 個人的には、関係者が今一度、結党の原点を確認することが大事なんだと思います。 「コア」となる部分を共有しつつ、あとのことは自由に議論できるような集団であるべきですし、そういった点は大体うまく行っていると思います。 |
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マニフェストを読んで、それを実現するという約束の下で投票をしていただく訳ですから、自分なりに民主党の政策を理解し、納得して候補者になるjことは当然だと思います。 子ども手当てや高速道路無料化などについては、党としての政策ですから、一議員として、その実現に協力して行きます。 それと矛盾しない範囲において「自分ならでは」の活動もおこなっていきます。民法772条の見直しに関する活動などです。党としての了解・協力がうまく得られれば、ついに法改正を実現することが視野に入ってきます。 政策をよりよくしていくための意見やアイデアももちろん出します。専門分野に関しては、今のマニフェストが100点だとは思えない箇所もありますので、どんどん積極的に口出しをしていきます。 |
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〜こういう政治をわたしはやりたい〜 井戸まさえ 50問50答
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